卒業生ブログ 3回生 西岡 颯希 

 

皆さん、こんにちは。

54代滋賀大学経済・DSサッカー部で合宿を担当しておりました、西岡です。

 

これまでのブログや文章では「合宿を担当しております」と書いていましたが、とうとう「担当しておりました」になりました。回りくどい言い方にはなりましたが、引退したということです。昨年の12月に引退したわけですが、まだ実感はさほどわいていません。というのも、心の中で大学サッカーひいてはサッカーというものの時間が永遠に続くんじゃないかと感じていたからです。この感覚は大学1回生の時に強く感じて、それからずっと感じていました。楽しい時間はあっという間に過ぎるという感覚は誰しもあると思いますが、その反対です。私の中ではこの苦しみはいつまで続くのかという感覚でした。

これまで約10年間サッカーをしていましたが、大学サッカーの3年間を振り返れば特に苦しみが強かったなという印象です。その苦しみの多くは挫折です。これは今思えば自分の慢心だと思いますが、1回生で入部した時はAチームで活躍できるのではないかという根拠のない自信がありました。しかし、中に入ってプレーしてみれば自分はチームでも下の方、先輩方には到底及びませんし、同回生の中にも強豪校出身や敵わないと思う選手ばかりでした。こうして、私の大学サッカーは始まり3回生の2,3ヶ月を除いてずっとBチームでプレーしていました。活動していく中で、自分自身が満足のいくプレーができなかったことや、周りと比べることで練習やサッカーが楽しいと思わなくなり、このままサッカーをしてていいのだろうかと考えるようになりました。家族と離れ、生活する上で相談できる人も少ないですし、当時は自分のことを分かってくれる仲間も少ないと勝手に決めつけ悩み、サッカーから逃げようとしていました。また、大学に入ってからはプレーの強度が増すため、当然ではあると思うのですが、急に怪我が増え、あちこち故障するようになりました。そのため、怪我をする度に数週間チームから離れては、復帰しが何度もあり、コンディションを上げることに苦労しましたし、プレーにも納得がいかずチームに必要とされていないんじゃないかという感覚に陥りました。1,2回生の間は辞めようと何度も考えていました。3回生になってからはチームの先頭に立つため多少のしんどさはありましたが、なるべく表には出さずに取り組めたのではないか思います。ただ、3回生になっても怪我をしてチームを離れたことや、プレー面で迷惑をかけたことは悔しくて仕方ありませんし、もっと上手くなって、チームに貢献したかったです。

このようにして引退を迎えたわけですが、最初に述べたように苦しんだ3年間というのは私のなかで紛れもない事実です。もし1回生の入学当初に戻れるなら、サッカー部には入りません。しかし、サッカー部に入って辞めようと思いながらもやり通したことに後悔はありません。3回生になって最初のブログに、サッカー部を辞めずに突き進む意味を考え、見つけるといった内容のことを書きましたが、今、こう断言できます、しっかり見つけたと。繰り返しにはなりますが、大学サッカー3年間はこれまでのサッカーの時間で最も苦しんだ時間でした。しかし、それと同時に最も人間として成長できた時間でもあります。サッカー部に入らなかった、あるいは、途中で辞めていたとしても成長はしていたでしょう。また、時間や経済面でも多少は余裕が生まれ、自由に時間を使っていたでしょう。当然得るものもあったはずです。しかし、私はこのサッカー部で過ごしたことで得たものの方が今後自分の糧になってくれると考えています。それは苦しいことや嫌なことから逃げて得たものより、それらに立ち向かい、試行錯誤し、苦労しながら乗り越えて得たものの方が価値があるということです。このこと気付けたこと自体が辞めずに続けたことの産物であると言えます。また、いろんな人と出会いも私にとって特別なものです。人間の成長や精神を構築する要因には出会ってきた人の影響は必要不可欠です。当然、これまでの出会いが私を構築してくれていますが、この大学サッカー3年間を通した出会いは間違いなく自分を大きくしてくれると考えています。1回生から現在までで出会った先輩は尊敬できる方ばかりで、あの人のようになりたいや、あの人ならどう考えるんだろうなどと憧れたり、見習おうとしたことも多々あります。また、同回生とは一番長くサッカーをし、共に生きてきましたが、幹部として完走できたことや信頼関係の中で、自分はこれまで以上に誰かのため、組織のため尽力することの大切さを知ることができました。後輩は個性豊かで、いい刺激をずっと与えてくれていたように思います。そして、先生からはサッカーのことだけでなく、多くのことを教わり、考えさせられたり、気づかされました。ここで出会った人達とは、サッカー部に入っていなければ、あるいは途中で辞めていたら出会っていなかったかもしれないですし、深く知れることもなかったと思います。これまでの出会いにおいても言える話ですが、サッカーには大切な縁をもらったなと思います。

挫折やそれを乗り越えること、そして出会いが私を大きくしてくれましたし、これら全てが私にとって貴重なものです。これら特別なものを感じること、得ることということが部活を辞めずにやり抜いたこと意味です。

このブログの最初の方で引退したことの実感がわかないと書きましたが、サッカーの試合を見たり、他チームの選手と交流した時に以前とは少し心境が違ってきたなとも感じています。試合を見れば、ぼくらもああやって勝利目指して全力で走ってたんだなと少し前までの自分が輝いて見えたり、他チームでプレーしてる友人から日々の練習や部活の話を聞けば、少し羨ましく思えます。今後もサッカーをしようと思えば社会人チームでできますし、どこかではサッカーに携わって生きたいと考えてはいますが、やはりこれまでの学生サッカーのように熱く、がむしゃらに勝利だけを目指すサッカーはできないのではないかと思ってしまいます。そう思うと、この大学でサッカーをした時間は何かを夢中で全力で取り組める最後の時間という言葉がこれまで以上に重く響きます。あの時、ああしておけばなどの後悔も思い出されますが、その後悔も滋賀大学サッカー部で学んだことも、眩しい思い出も次への糧として精進していこと思います。

最後にはなりますが、今まで関わってくださった方々、ご支援してくださったOBの方々、ご指導してくださった先生、一緒にプレーしてくれた仲間、ずっと一番のサポーターとして見守ってくれた家族、これまでの全てに感謝するとともに御礼申し上げます。

 

拙い上にかなりの長文となりましたが、最後までご精読ありがとうございました。

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