卒業生ブログ 4回生 清水 浩太

 

卒業ブログ 理想と現実」

 

清水浩太 

 

平素より大変お世話になっております。

第53代滋賀大学サッカー部で主務を務めておりました。四回生の清水浩太です。日ごろから多大なご支援ご声援をいただいているOB・OGの皆様、誠に感謝申し上げます。また三回生で引退した自分にもこのような機会を与えてくれた55代幹部にも感謝いたします。拙く中身のない文章にはなりますが、誰かの暇つぶしの一つにでもなってくれたらこれ幸いです。

 

 

僕は高校三年生の夏にサッカーを引退した瞬間に、大学でも部活動でサッカーを続けようと決めていました。それは高校でサッカーをした二年と数か月があまりにも不甲斐なく情けないものだと感じ、「このまま俺のサッカー人生を終わらせたくない」という気持ちがあったからです。またこのネガティブな感情による動機だけでなく、単純にサッカーが好きで「もっとサッカーをプレーしたい」という気持ちもあったんじゃないかなと今は思います。

 

 

小学生の時に所属していたチームはお世辞にもレベルの高いチームであるとは言えず、六年間で練習試合を含め勝った試合数が20試合にも満たない、そんなチームでサッカーをしていました。試合が終わった後はだいたい、多少の悔しさと「まあ、こんなもんでしょう」という弱さを認めてしまう情けなさを感じていました。それでもたまには点を決めることや試合に勝つことができ、天にも昇るくらい嬉しかったことを今でもよく覚えています。

中学に進学する際には、もっとサッカーがうまくなりたいという気持ちよりも仲の良い友人とサッカーを続けたいという気持ちが強く公立中学の部活でサッカーを続けることを選びましたサッカーに対し向上心のある選手は公立中学の部活ではなくクラブチームに所属しクラブチームと部活は完全に区別され試合をすることがなかったことやその他諸々の要因により結果的に中学三年間で負けた試合は片手で収まるくらいしかなく相対的にとても強いチームでサッカーをしたことになりますそして試合で活躍し、勝利を重ねていくごとに自分に自信がつきもっとうまくなりたいと思うようになりました。

そして進学先に選んだのが清水東高校です。結論から言うと中学でつけた自信はほんの2,3週間で打ち砕かれました。まさに井の中の蛙でした練習や試合で味方に迷惑をかけるたびに申し訳なさと情けなさでいっぱいになり、逃げるようにサッカーをプレーしていました。そしてそんな自分がとても嫌いでした。しかし入部当時は最底辺だった僕も紆余曲折をへて最終的には公式戦でBチームのレギュラーに選ばれることもしばしばあり、Bチーム内ではそれなりの評価を得ていました入部当初はAチームのレギュラーになりたいと考えていた僕も最後の方はこの結果に満足とまではいかないけれども「まあ、こんなもんか」と安堵に似たような感情を抱いていました。しかしインターハイで卒業する三年生より構成されるGリーグでの度重なる敗戦と20数年ぶりにインターハイ決勝へと駒を進めたトップチームメンバーをみて非常に情けない気持ちになりました。もちろん決勝にコマを進めたチームの一員であったことや決勝で活躍した仲間を誇りに思っています。ただトップチームで活躍する同期と自分を比較し、自分はこの2年と数か月の高校サッカーをもっと大切にするべきだった、もっと挑戦するべきだった、もう一度チームを背負ってプレーをしたい、と強く思い大学でもサッカーを続けようと決意しました。

 そして運よく合格することができた滋賀大学で、断固たる意志の元サッカー部に入部しました。他の団体に興味がなくサッカー部の新歓にしか顔を出しませんでした。「他の団体の新歓にも行っとけばよかった」と「2019年の琵琶湖花火祭りに行けばよかった」は大学生活の二大後悔です。タイムマシンが存在するなら謎のウィルスで2年くらい祭りとか開催されなくなるから麻雀なんてしてる場合じゃねぇぞ」とせっせと牌を積む自分の右の頬を平手打ちしたいものです。とにかく僕は迷わずサッカー部に入部しました。漫画の主人公なら高校時代の悔しさを胸に滋賀大学サッカー部を背負いチームを引っ張るような大活躍をするのですが、僕はサッカー漫画の主人公ではなかったようです。結論から言うと多くの時間をトップチームで過ごしましたが、公式戦出場時間は合計しても1試合にも満たない、いわゆるベンチです。自分なりには頑張ってきたつもりではあったのですが、望むような結果は出ませんでした。そして大学一年生の入部当初と同じ気持ちであればおそらく四回生になってもチームに残りサッカーを続けていたと思います。しかし幹部としての最後の試合が終わった時「なんかもういいかな」と諦めに近い感情がありましたもう一年続けてこの年間と同じような一年を過ごすことが怖かったのです。つまり自分のサッカーに対して完全に自信を失ってしまいましたそして三回生の12月に僕は幼稚園児の頃から続けていたサッカーから引退しました。高校サッカーの悔しさの払しょくのために始めた大学サッカーを振り返っても後悔や悔しさばかりですチームに何か還元を与えるべき幹部の代で自分の活躍ばかりを考え練習をしていました。もっと主将のとーいやマネジメントのかいやよしたかを支えるべきだったなと今は思います。他にも1,2の時に筋トレをもっとしていれば、3-4-3の理解をもっと深めていれば、先輩からのアドバイスを真摯に受け止めていれば、あの時もう少し全力でプレーしていれば、あの時ビビらずにプレーしていれば、、、

 

 

 振り返ってみるとサッカー人生では苦しいことが嬉しい事の何十倍もありました。特に高校、大学においては多くの悔しい思いをしました。それでも理想の自分に向かって10数年サッカーに取り組んできました。正直ここまでサッカーを続けて正解だったのかと問われると結構迷います。それでもこれだけ一つのことを続けた自分を褒めたいですし、サッカーで経験した悔しさや苦しさがあるから今があると確信をもって言えるような人生をこれから創っていきます。そしてサッカーを通して関わったすべての人に感謝です。散々「俺のサッカー人生はダメダメだった」と嘆いてた奴がうまくまとめようとするなと思われるかもしれませんが、非常に僕は環境に恵まれてサッカーをしてきたとサッカーを離れて実感しました。一緒にいるだけで楽しかった小中学校の同期、文武で切磋琢磨した高校の同期、滋賀大学サッカー部で一緒にサッカーをした先輩後輩、マジで一日中一緒にいた大学の同期や他にも小中高大においてのコーチや監督など挙げればきりがありません。そして最も感謝しているのは両親です。サッカーを始めたきっかけを与えてくれ、十数年時に厳しく時に優しく僕を支えてくれました。他人に自慢させてあげられるような結果をサッカーで残すことができなかったのは心残りですが、サッカーを通して様々な経験をし、成長することができました。ありがとうございます。そしてこれからも幾分ご迷惑をお掛けすると思いますが、温かく見守ってください。

 

 

だらだらと自分語りをしてしまい、退屈なブログになってしまったことここにお詫び申し上げます。そして再度サッカーを通して関わったすべての人に感謝申し上げます。ありがとうございました。

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